
フランスジュニア選抜エキップの参加

13歳の少年との2回戦での対戦8対13で負けた

女子ドウブレットの表彰。

マルコ・フォヨのポワンテ
フランス大会参加 ミヨー編2
日本からのお土産
余計なことかも知れませんが、お土産について、お知らせしておきます。
最初のミヨー訪問で40個の干支の土鈴(単価300円程度)と、日本の民芸的な安い玩具などを、20個ぐらいを持って行きました。
スタッフが40人は存在すると判断し、スタッフの方に渡れば良いというつもりでした。(総数では50個持参しましたが10個は知人へのお土産にしました)
土鈴は、スポンソールや名士(アゼマさんも居られたように思います)に配られました。それが、(ジェントルマン昼食会)に相当する立食パーティーの席で招待客に渡されて披露されました。アゼマさんが、壇上で、土鈴を振りながら私の方を見て居られた姿をVTRで撮影していました。そのときはフランス連盟の副会長とは知りませんでした。
数年後になりますが、ミヨー15周年記念大会の年に、それなりのお祝いを持参せず、相変わらず干支の土鈴でしたので、何か特別なお祝いを持参すべきだったと悔やみました。他の参加国から、いろいろなお国柄のお祝いのお土産があって、カレドヌールで参加国代表が並んで紹介されるセレモニーがありました。お祝いのお土産を持参した国は、そのお土産がどういう謂れを持つ品かを説明させられていたりしたのです。
ミヨーは有名な刃物の産地です。日本で買ったら確実に1万円以上はする美しいデザインの折りたたみ式ナイフを記念にいただきました。
インタナショナル大会は、国際的な交流の場であることを忘れてはならないというのが私の考えです。
日本の大会に馴れていますと、フランスの大会が、選手権大会以外は当日受付で始まることで驚きます。
例外はラ・マルセイエーズですが、3000エキップ以上もの受付を当日だけではとてもできません。
一般の大会は、受付時間を競技開始時間の2時間以上前から始めます。
私が参加しました頃は、ミヨー大会の受付時間は、競技開始が午後4時にも関わらず、午前8時頃から始まっていました。
日本のように開会式のようなことは行われません。
対戦相手への配慮
参加者は、対戦相手へのお土産を忘れないようにしましょう。
決して高価な物でなくてよいのです。ミヨー参加3年目から、同行された協会の方にも、300円ぐらいの物で、日本的な物を対戦回数ぶんくらい持参されるようお願いをしました。
なぜ必要なのか、疑問に思われるかも知れませんが、その理由は、我々が初戦で負ける確立が高いからです。負けが決まてからか、対戦する前に、相手に、一つずつ「スーブニール(お土産)」と言って渡します。相手がフランス人なら、交換するようなものは持参していません。我々が初戦で負ければ、必ずビュヴェット(飲料販売所)に誘ってくれます。
ビュベットの飲み物は当時、どこの大会でも15FFと決まっていました。
300円から320円ぐらいの見当です。ビールやリカール、ミネラル水などですが、小ボトルの水をまず一口飲んで、その中にシロップを入れて飲む、飲み物が皆さんに好まれました。
それを飲みながらの時間を談笑して10分ぐらいを過ごすのです。
勝った相手は次の抽選に(グラフィック)と呼ばれる受付に行きます。
その別れ際には必ず「ボンヌシャンス!(勝ってね)」と言って見送るようにします。昼食や夕食のころに、食堂で再び会いますと、また、隣り合った席に座って食事しながら、日本のペタンクの話を求められたり、フランスのことを聞いたりできました。こうした交流の場が、理解を深め合えます。
モンディアルミヨー大会も、そのホームページから、大会写真記録を見ますと、私が参加していました頃とは、大変な変わりようです。当時は、会場が、ビクトワール公園の主会場と、ミヨー市中心部のインタナショナルホテル(現在のメルキュールホテル?)の近くの駐車場でしたが、現在は別の会場も使われているように考えられます。テッタテットの参加エキップが2000人前後ありますから必要なテラン数から推察できます。受付を早く終えれば、指定されたテランに、市内見物をしながら行くことができますが、時間がなければタクシー利用を考える必要も生じます。ホテルで、タクシーの電話番号を聞いておくことも必要になります。(註;ラマルセイエーズのようにそれほど遠方の会場ではないはずです)
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