
ミヨー大会看板

日の丸を中央に掲げたカレドヌール

ミヨー大会ヴュベット
受付テーブル
受付テーブル、グラフィックという

会場になるヴィクトワール公園
フランス連盟公認 インタナショナルペタンクミヨー 1
日本のお盆休みに一致する日程で毎年開催
1992年のラ・マルセイエーズ ツアー参加のときに、会場のブールなどの販売所のテーブルに並べられたミヨー大会のビデオテープを見つけました。
「ミヨーは、きれいな街ですよ」と薦められるままに、ペタンク大会のビデオとあって、すぐに購入しました。フランスの録画方式はセカムシステムで日本のNTSC方式のレコーダーでは見ることができません。当時はパリの韓国人が経営している、変換をしてくれる店で、150フランぐらいを払って変換してもらっていました。
夏期休暇の日程に合わせて、参加できるミヨーに来年は行こうと決意し、パリのクラブで登録しフランス連盟のリサンスを取得したのです。
掲げました写真は、ミヨー参加3年目に、お仲間を誘って参加したときのもので、帰国後ミヨーから送られて来たものです。この場に居なくて写っていない、女性の参加者5名がありました。
ペタンクのトップアスリートとの出会い
1993年から1998年まで毎年参加したミヨー大会は、多くのインターナショナル大会の中でも、最大の規模と内容を誇る大会だと信じています。
ミヨー市を基盤とする企業や国営企業が、こぞって支援するフランス連盟の公認大会で、ミディー・リーブルという南フランスに地盤を持つ新聞社が共催しています。
約50名にも及ぶトップアスリートがミヨーに集結した大会であることに驚きました。
もう一つの参加者数では世界一規模の大会、ラ・マルセイエーズは、いわゆるオープン大会で、フランス連盟の公認大会ではありませんが、ペタンクの歴史を作り上げて来た記念すべき大会でもあり、楽しみのペタンクの最高峰と呼ぶにふさわしいものです。
フランス第2の都市、マルセイユ市を基盤とする、大会名と同名の新聞社と、約13の企業が支えて開催されています、トリプレット1種目では参加者数最大の大会です。毎年、7月の第1日曜日に開始されますから、ラ・マルセイエーズは、ペタンク愛好家にとって、ヴァカンスのペタンク三昧生活の開始を告げる意味も有ります。
どちらの大会も、5日間の日程の中で開催されています。
この両方の大会に参加して、ペタンクというユニークなスポーツの姿が分かってきました。
こうした、ペタンクの本家フランスの大規模大会や、日常的な楽しみの大会を中心に、ニューカレドニア、シンガポールなども含めますと13回以上におよぶペタンク旅行で感受したことを、お伝えして、日本のペタンクが、今までの遅れから、1日も早く抜け出て、世界に(特にフランスに)肩を並べられる時代を迎えられるよう、微力ながら貢献できることが私の夢であり、サイト制作の目的です。
ホテルのオーナーからのアドヴァイス
初めて参加した時のホテルは、地図の上では会場に近いと思えた★★のホテル・ヴァイヤジュールを日本からファックスで予約して参加しました。チエックインを終えて、主会場の公園への行き方を聞いたりしていましたら、オーナーが唐突に「さあ、それでは駐車場でペタンクをしよう」と言い出して、下見に行くのは後回しにして、喜んで対戦しました。
競技は、お客の車が入ってくるたびに中断し、フロントの仕事が終わると、また継続して遊んだのです。
第1回戦は、なんとか私が勝ちました。しかし、その勝利は仕組まれていたと後で分かりました。
「もう一回やろう」ということで、対戦しましたら、今度は簡単に負けました。ティールが結構上手いのです。
2回戦を終えて、ホテルのカフェでコーヒーを飲むことになって、私は、フランスの大会参加マナーを教えられました。それが、たいへん役に立って、翌日、大会に参加しても、あまり戸惑うことはありませんでした。
ミヨー大会の実行委員長(ジュリー代表)は、ダミアン・マスと言う方で、会場に行って、準備の指揮をしている、それほど大きくない人がいたら、挨拶しておくと良い、明日の朝、会場に日本の旗が出ているだろう。という話でした。
下見の会場で、ダミヤン・マス氏らしい人の存在も直ぐ分かりましたが、あまりにも多忙な様子で、近づいて挨拶することもなく、すぐ帰って来ました。それにも関わらず、翌日の朝、テランを16面連ねた観客席つきのカレドヌールの、しかも中央に、日の丸の旗が掲げられていたのには驚きました。
「明日の受付には、早く行くとスポンソールの提供品が貰えるかも知れない」(註;提供品は数量に制限があり、受付先着順で渡されます)
「初めての対戦で勝ったら、ビュベット(軽飲食サービス(有料)のテント)に相手を誘って、相手が欲しがる飲み物を提供しなければならない。それがマナーだ」
「しかし、負けたからと言って相手にビュベットにつれて行けといって要求してはいけない。そういうことは自然にすることだ」
「最初の賞金(分配金)はそれで無くなるが、そういうお金を使うことで、ビュベットのベネボル(ボランテア)が喜ぶことになる」
フランスの大会はこのヴェネボル制度(註;当時、約90.000人が登録)によって成り立っていると考えられます。会場の設営、受付作業、競技の進行から、食堂営業、ビュベットなどの軽飲食サービス、などなど大勢のスタッフが必要です。ボランテアと言っても、それなりの日当が支給されます。
料理や飲食サービスは専門の料理人のベネボルによって提供されますが、利益は得られるのですし、昼食65フランは、会場外のレストランなどに比べて格別安いとは思えません。しかし、会場には絶対に必要な存在です。日本の大会が、フランス並みに素晴らしい大会になるには、こうした会場の環境作りも必要だと感じました。
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